川が流れていくので土手を辿った。 夏草が煩いほどに伸びて、青い。 余所見をしながら歩く登美の背中を追って、トチが歩く。 「あのねぇトチ」 幼い声をかきわけて、登美が立ち止まった。 空には山からのぼる大きな雲。 ラピュタだって見つかりそうな高さとボリュームが、歳の割りに幼く見える彼女の目に映る。 手首に巻きつけた革紐を引くと、トチが鳴いた。 「もう、あたしあなたを散歩してあげられなくなるのよ。就職しちゃうんだから。一人暮らしになっちゃうんだかんね」 橋の下の影から、自転車が走り出てくる。 登美が顔を上げた。 「塩山ぁ、ここ自転車禁止よ」 「うっせえなー」 張り上げた声に、遠くから返事が返ってくる。 陽射しが眩しい。 蝉の音が降ってきて、帰省の車がいっぱい橋の上を通っていた。 夏なのに賑やかで、夏だから賑やかで。 太陽が高いので、登美は帽子を被りなおした。 虫を払って片手で器用にこぐ男の子は、登美の声にちりんとベルを鳴らして、止まった。 「犬の散歩してんなら、マナーも守れよ。糞は処理しろよ」 「やってます。それに塩山に言われたくありません」 「おまえ宿題やったの?」 「やりました。それに塩山に言われたく」 言いかけて、登美は頭を叩かれた。 塩山章が、顔を歪めて、彼女を睨む。 「なあ、聞いたぞ。おまえなんで進学しないの」 「塩山に言われたく、」 「いい加減にしろよ」 トチが、章の足元に身体を摺り寄せて鼻で鳴いた。 登美が手首に巻いた紐を、無言で強く引く。 自転車の取っ手から手を離して、章は柴犬の耳裏を撫でた。 「もう、来年はいないのか」 「夏はちゃんと来るところにいるから、そんなでもないのよ?」 もう一度紐を引いて、登美が笑う。 川音が暑い風に、涼しく混じった。 「また学校でね。宿題ちゃんとやりなさいよ」 「おまえ、毎日ここで散歩してんの?」 登美は首を振って、青い草を眺めた。 どう見ても緑色だけれど、やっぱり夏草は青色だ。 川は流れて海へ行く。 「ばいばい塩山」 喜んで先に進もうとするトチを引いて押さえながら、登美は肩越しに振り返った。 手を振ると、章が渋い顔で自転車から手を振り返す。 章の向こうに広がる空気は空色で、夏の湯気に混じり合っている。 大きく白く浮かぶ雲には、ラピュタが眠っていそうな気がした。 先へ先へと進むトチの後を少し早足で引っ張りながら追い、橋の下に入ると、陰が涼しくて登美は一人で微笑った。 ばいばい今年の夏。 |