空からひとりの少女が降りてきました。


片手に星を、髪には月の髪飾りを、もう片手にはひかりのかけらをたずさえて、ふわりとみずうみの上に降り立ちました。


それはお月様が出たばかり、そんな日暮れすぐあとのささやかなひとときにおこりました。


弟たちの世話に疲れたひとりの少年がやれやれ、と思いながら水をバケツにいっぱい汲みに来たときでした。


木陰から大きな湖の淵にそろりと足を踏み出した少年がふと空を見上げ、今日のお月様はいつもと違うなあとぼんやりと思っていたときでした。


黒い髪のおかっぱの少女が、音も立てずに空から降りてきたのです。


ふんわりと髪を空にうかべ、その顔には静かな悲しみをそえて。


少年はバケツのとってを握りしめたまま茫然と彼女を見つめました。


月の髪飾りがきらきらと水をしろく輝かせていました。


光のかけらはちかちか瞬いていて、少年は思わず目を奪われました。


少女が気づいて顔を上げました。


湖の上に少女の裸足のつま先がわずかにふれて小さな波紋がさらさらと広がってゆきました。


少年は少女の顔が泣きそうなのに気づきましたが、びっくりしてそこから動けないでいました。


風はやんでいましたので、少女の髪はなびくはずはないのです。


なのにその少女は黒い髪を月の出た方角へなびかせてただただ悲しそうにしていました。


少年はおずおずと水の淵ぎりぎりまで進み出てバケツを下に置きました。


おばけはこんなに綺麗な女の子のはずがないと思ったのです。


少女はそれを見ると、波紋を後ろにすすすとひきずりながら少年の方へまっすぐに進んできました。


音は後ろの森から聞こえるざわついた梢のささやきだけでした。


手が届きそうなところまで来たとき少女のもう片手に乗せられた星が突然輝いて、塵のように消えていきました。


少女は驚いたように立ち止まって、今にも泣き出しそうな顔をして右手を眺めました。


星の崩れ去った右手の平からは、青色の水がころころとこぼれおちていました。


少女があまりに泣きそうなので少年はふいに勇気がわき起こって、力強く少女の手を引きました。


足元に置かれていたバケツが、草の上に倒れ転がり、ぼちゃんと湖へ落ちました。


バケツはそのまま底に沈んでいきましたが、少年は倒れ込んできた少女を受け止めるのに精一杯でそれに気づきませんでした。


少女の髪が自分の頬にさらりとかかりました。


光のかけらが自分の背中にかるくまわされた手の上で冷たく輝いています。


少女が目を大きく開いて少年の赤い瞳を見つめました。


少年は少女の黒い瞳を見返しました。


少女は、ますます泣きそうでした。


少女の後ろに大きく大きく上がっている月がおどろおどろしく天の頂上まで昇りつめていました。


少年は息をのみました。


少女が振り向いてその月を見上げ、髪に留められている月の髪飾りを守るように触ると少年の方をこわばった顔でまた見ました。


その時あたりが突然暗くなりました。


少女のもう片手の光が砕けたのです。


真っ暗で、押しつぶすように光るにせの月明かりの他は、二人のまわりのすべてが闇でした。


少年はつかんでいた少女の手を放すと、少女を抱きしめました。


少女の肩が震えるので、少女が泣いているのが分かりました。


少年も怖くて震えていましたが、それよりも腕の中の少女が泣いているのが辛くて彼女をいっそう強く抱きしめました。


やがて少女がしゃくりあげながらからだをそっとはなして少年を見上げ、またうつむいて泣き出しました。


少年は、少女の黒い髪をなでて、何を思ったか突然取り憑かれたかのようにその髪飾りを取りました。


月の髪飾りは輝きを失いました。


少女が焦って少年から取り返そうと手を伸ばしても、少年はそれを返さずに後ろに放り投げました。


少女があっと鈴のような声で叫んで少年を突き飛ばしてそれを拾い上げました。


すると月の髪飾りはいきなり輝きを取り戻し、それどころか一瞬の間に湖ほども大きくなったのです。


そして少女の手からあっというまに離れ、空へと吸い込まれていきました。


少女がぽかんと本物の月が戻った夜空を見上げました。


振り返ると少年がにこりと笑って少女を抱きしめてキスをしました。


少女も涙目で笑って、少年の首に抱きつきました。


そして湖の上を真ん中まで走っていくと、ほとりに立ちつくして笑っている少年に手を振りました。


そして静かに、空の奥へと飛んでいきました。


それはそれは、静かな光をあびながら。


それから少年は空を見上げて、やっと泣きました。


そしてバケツを拾おうとかがんで、初めてバケツを湖に沈めたことに気づいてまた泣きました。


空には月が昇ったばかりでした。


少年はしばらくそこにいましたが、ついに涙を拭って月を見上げました。


それから家路を行きました。


明かりのついた家ではにぎやかな弟たちが待っています。












大好きなあなたたちに、さいわいを。
愛をこめて、
すべての愛するひとたちへ。