「かもめが棲む町」



揣摩子は、スカートのプリーツを手ですくって膝の下に寄せた。
彼女が座るコンクリートの波止場の錆びた灰色を、宵未はぽつんと立ち見ていた。
細い足にまとう白いスニーカーのはるか下で濁った海水が押され揺られて蠢いている。
曇り空の日だった。
「宵ちゃん。私ね、言っていないことがあったの。」
揣摩子の声がした。
宵未は小さな身体で揣摩子の方を向いた。
臙脂色の運動着は、揣摩子の瞳には移ることはなかった。
彼女はただセーラー服の襟を風に吹かせて、ぼろ船の停泊する港湾の向こう側を見ていた。
「吉田、何でも言ってくれるっていったのに」
宵未の可愛くない言葉にも長い睫毛を動かしただけで、やっぱり顔は海を見ていた。
「私お兄さんがいるの。宵ちゃんも知っている人よ」
潮風の、においだ。
宵未が顔を上げると雲は灰色のままひたすら水のにおいをまとって水平線まで覆いかぶさっていた。
なまぐさい海のにおいはやっぱり好きになれなかった。
「お兄さんはね、私のことが好きなのですって。私が妹だと知らないみたいなのよ」
「それって、まさか、吉田」
「宵ちゃんには、何でも話すといったの。嘘じゃないわ。」
揣摩子はそこで言葉を切った。
俯いた横顔に、流れる黒い髪が横切った。
コンクリートのずっと向こうで不安定に揺れる漁船のはげたペンキの色がどうしてだかそれに綺麗に映えていた。
宵未のジャージの襟から海風が入り込む。
「からかってるんじゃ、なく」
「じゃなく。」
揣摩子は言葉を反復して静かに笑った。

飛び込め、
飛び込め、
海の真ん中まで
心臓が氷るくらいに。



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