幼稚園から友人だった幼馴染が遠くに行ってしまうらしい。

可愛らしい外見とは裏腹に、口から毒矢をふきだすと評判であった幼馴染だ。
末っ子なせいか、小生意気なうえに裏表が激しく、機嫌を損ねるといけない相手には絶対に毒舌吐いたりしない。
主に俺に対しては大変にきつい。
幼稚園の頃は毎日泣かされていたし、小学校のときは、あ、思い出したくない。

まあそれでも俺にとっては馴染み深い女友達だったわけだ。

それが、山の向こうのそのまた向こう、本州の端っこの、日本地図が思い浮かばないがそんな遠くに進学するらしい。
俺には豪雪のイメージしかないところだ。
合掌造りというやつなのか?それは信州?まあどうでもいい。
ともあれ、あまりに衝撃を受けたので彼女を犯すことにした。


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とりあえず合格祝いに向かいの家を訪れた。
新生活への準備中の幼馴染――このみは、肩までのふわふわのくせっ毛をかきやって迎えてくれた。

「何だ陽ちゃんか。今、誰もいないから適当なものしか出せないけど。あがる?」
「お、おう」

何いきなり来てるんだよ帰れば?といわれる可能性も考えていたので安堵。
しかし数年ぶりに彼女の部屋に上がったところで、突如、計画が崩れ落ちそうになる。

俺の記憶ではこう、テーブルがあってこうこういう風に動けばベッドが窓際にあって
ドアを開けても見えない位置に、という彼女の部屋の配置があり、
そのうえで犯す計画を立てていたわけである。
――しかし誤算。
数年間彼女の部屋に来ないうちにいつの間にか模様替えがされていた。
しかもいつの間にか部屋の趣味は女らしくなっていた。
昔みたいに漫画雑誌が積み重なっていたりしない。
香水のにおいがかすかに漂っているし、化粧水?とかまで置いてある。
まあ、なぜか壁に元素の周期表(やけにごついもの)が貼ってあったりするのは変わらないのだが。

ショックという外来語の意味が、今、「言葉」ではなく「心」で理解できた。

いや気を取りなおそう。
動揺は計画の遂行に支障をきたす。
男は度胸というではないか。
ああそうさ、こんなことで諦める俺ではない!
昨今巷では草食男子とやらが流行っているらしいが俺は肉を食う。
肉はいいものだ。どうやら滅茶苦茶にいいものらしいのだ。性的な意味で。
童貞ドリームだのなんだの言われても気にしないさ、
ふ、フハハハハハ……!!なんたって俺はこれから童貞じゃなくなるんだからなあ!!

「……ばっか」

平坦な、声がした。
目の前に湯気の立つ湯呑をドンと置かれて、はっと我に帰る。
お盆にもう一つの湯呑を乗せたまま、このみが傍に立っていた。
(お盆と肘の間でおっぱいのかたちが微妙に歪んでいて堪らない。いいね)

「な、何が?」

聞き返した俺に溜息をつきながら、彼女が机の向かいに回る。
なお、彼女の背中にふわふわのベッドが存在している。
千載一遇のチャンス。
でも、なぜだろう。
このみの笑顔がニコニコしている分、怖くてどうしてだか動けないのです。

「だから。ばかなの?陽ちゃんはなんなの、ばかなの?」

ショートパンツから伸びる浅黒い脚を組んでベッドに座り、彼女が俺を見降ろしてくる。
爽やかな笑顔がだんだんと色を失っていくので、僕は彼女を見上げることしかできません。

「――だから。さっきから全部聞こえてるんですけど。口に出してるんですけど。
こんのスケベ変態強姦魔信じられなーい。
そんなこと考えてうちに来てたわけ?死ねば?今死ねば?
緑茶に蝿取り紙漬けておいたからごっくんと飲んだら?緑の水で毒死しなさいよ。ほらほら。ほらほーら。」

少し長めの足の指が俺をつつくように、白い靴下の下で蠢いているのをじっと見る。
春先だからと開け放された窓から、春一番がびゅうびゅうと吹き込んでくる。
緑茶から立ち上る湯気が押され流れる。

……春だというのに、大変に涼しいこの空気は何としたものか?

「……君が何を言っているのか分からないな」
「ああああああぁもう!!
どうして潔く自分で悪だくみしてましたー!って言わないわけ?
そこで、よく分かったな!今更抵抗しても無駄だぜ!って行動に出ないところがチキンよ。鶏肉。しかもササミ!!」

うわー
よ、よよよりにもよって肉を食おうとしていた俺を肉呼ばわりしかも淡白な味ここに極まれるササミ扱いですとおおおーー!?
許せん。
俺はこれでも、身体だけは人並なんだ!!
このみは大きいのは胸だけ、それでもせいぜいCカップ、身長だって150cm程度、勝てる勝てる勝てる!
ほら、中学校の頃喧嘩になったときだって、あ、イヤあのときは負けた!

「でもな、もうそうはいかないんだよ。俺は男だ!お前が女だってことを思い知らせてやるぜ……!」
「っ、もう、じゃあこっちだって……っ、わ」

俺に応えて勢いよく立ちあがろうとして、このみは少し足をもつれさせた。
勢い込みすぎたのだろう。
こちらから組み敷くまでもなく、ベッドに仰向け転げてしまった。

「わ、タンマタンマタンマ!」
「待つか、ボケ」

すぐ起き上がろうとするのを逃さないで、腕を掴んで押さえつける。
いろいろと計画は狂ってしまったが、まあ結果オーライである。
腰の下で脚が蹴ろうと蠢いているが、そこもこちらの足で挟んで固定した。

「よし。計画一段階完了。誤差は修正の範囲内。これからおまえを犯す計画に取りかかるから」
「……な、何言ってるのばーか。陽ちゃんにそんな度胸、あるわけないじゃん」

あはは。と笑う彼女が目の前にいて、もつれた髪がまぶたにかかっている。
そこに窓からの光と、俺の身体で遮られた影が被さっていて、少しよろめいた。
俺の眼鏡越しに映るこのみはコンタクトをしていた。
先程は気付かなかったが唇にもほんのり色がついている。
本当に遠くに行っちゃうんだな、と思った。
そして、何よりも目の前の彼女が殆ど動じていないのが、一番堪えた。
本気で犯すつもりだったんだけどなぁ。

「少しくらい怖がったらどうなんだよ、このみ」
「うるさーい童貞」
「うっわむかつく。それって俺をばかにしてるんですか、このみちゃん。けしかけておいて何言ってるんだよ」
「ぅわ、ちょ、陽ちゃんくすぐったいってば」

唇はなぜかできなかったので、耳をかんでみた。
エロ雑誌のような効果にはならなかった。
このみがくせっ毛を頬につけて笑っている。

「だってさぁ」
「なんだよ」
「陽ちゃん、私のこと、好きでしょ」

それが何か。

「それで、私のこと、すっごい大事でしょ」

……だから、それが何か。

気がつけば窓が開いたままだった。
外から卒業式帰りなのか、園児らの無垢な叫びが聞こえてくる。
親御さんたちも絶好調井戸端会議中だ。
このまま犯すのは危険が伴うがさて、窓を閉めに行くべきか、どうするべきか。

「隙ありっ!」
「おぅっ」

不意をつかれて身をはずされ、間抜けな声が出てしまった。
見上げると逆転されていた。
よいしょ、とまたがられて、ずりずりと腰あたりまでこのみの小さな尻が下がっている。
重みがちょっと心地いいとか思っていないよ。
おそるおそる見上げると、毒舌魔がこちらを悪魔の目で見下していた。

「そんでもって、昔っからずっと、私に罵られるの、好きでしょ?
 そうじゃなくちゃ私に寄ってきたり、しないよねえ?」
「それが何……い、いいやいやいや待ていや待て、それだけは違うぞ!」
「嘘つけササミ男」
「嘘じゃないと言っと………、」

ぐっと襟を掴まれ、間近に影ができて唇を奪われた。
何度も唇を舐められて、またふさがれる。
耳もいじられる。ええい、くすぐったい。
唯一かわいいところといえば、たまに歯が当たって痛いところか。
何としたものでしょうか。この敗北感。

「…、ぁ、はぁ、よし。勝ち」
「おいこら人のファーストキスを奪っておいて勝ちとかそういう問題か」
「さーて。じゃ、これからもう犯しに来るとかばかなこと言えないように、
陽ちゃんをしつけるから、やめてほしくなったらワンって鳴いてね?」

聞いていないようだ。


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18歳になっても結局、喧嘩に負けました。
なお、このみとは今でも文通しています。
会うたびに触っていい場所が10平方センチメートルずつ許可されるのですが、ようやく脇の下に届いたところです。
覚えていた場所に今もほくろがあったのには、感動しました。







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