Living Room




1.
ばかをいうな、ははは。
いや、わかっているさ。
おまえもそういう年頃なんだな。
父さんも昔は――

真剣に言っているのに、くそう。
ちぇ、全然分かっていないじゃないか。
大人ぶった言い方しやがって。
でも、親父がこのくらいの年頃には確か、

そんな親子の会話をインコは今日も聴いて真似するだけ。
猫のまちこが明日もそれを狙う。



2.
とうとう明日にせまってきた家族の引越しをまえにダダをこねてみただけだった。
もう荷造りはできている。
夕飯がおわると妹はそそくさと自分の部屋へ入っていってしまった。
まちこが母の洗い物にちゃちゃを出していてその隙にインコは丸刈りの小屋へと逃げ込む。

遅くもないそれは、夏のはじまる少してまえのこと
風の涼しい町に行く僕ら家族の新しい計画なんだ



3.
引越し業者なんて頼む金はないのさ。
ダンボールを乗り捨てオーケーなレンタルワゴンの後ろに積んで、縁側で遊んでいる妹を見てる。
まちこは抱かれて嫌そうに逃げようとしているが、妹ときたらがっちり放さないでシャギーの入った肩までの髪を前足に引っかかれては何がおかしいのかひゃあひゃあ笑っていた。
力仕事はいっつもぼくらにまかせられてる。

携帯電話があれば、こんな合い間にもあいつらと電話をしたりできるのにな。
うちにはあまりお金はないけれど、だからこそ会って話せるありがたみなんてものも分かったりして、とか前向きな思考をできるのは僕の双子の兄であって僕ではないのだ。
と、親父が酒瓶の入ったダンボール一箱を抱えて開け放しの玄関から歩いてきた。
僕らや母さんから見つからないように隠していたに違いない。
買い込みすぎだろ、それ、とぼくらはふたりで同時に文句を言った。
風が涼しい。
曇りの日だから、初夏になってもこんな日が時たまある。
引っ越す先もこんなんなんだろうか。
黙っていたら後で一本ずつ分けてやる、という男の約束を経てぼくらと親父は秘密仲間になった。
雄雄しく他のダンボールを酒瓶の周りに積み重ねてバリケードを造ってあげた。
僕らは偉い。親父思いだ。



4.
軽トラであれば最高だったが、そうもいかない。
畑小道を青空見ながら荷台で酒盛りなんて最高だったが、そうもいかない。

しかたなく僕らは友人に譲る予定のチャリを二人乗りし、妹にもうひとつのチャリを渡し、駅まで乗ってそこから電車だ。
親父はお袋とトラックを走らせあの街へ一足先に向かっている。
妹の運転する自転車のかごにはバスケットが入っていて中で揺られるまちこがパニックでにゃおうにゃおうと叫んでいた。
妹は
「うるさい。」
と無情にもかごの上から信号待ちのとき、ばしんとしかりつけていた。
我らが妹ながらひどいやつだ。



5.
駅のホームで女子中学生が眼を赤くしていた。
まぶたを擦って鼻紙を取り出しては唇の上を拭き取っている。



6.
兄が気にしていたので、優しい弟の僕は話すきっかけをあげようと思って女子中学生にティッシュを渡してあげた。
「何、泣いてるの」
「気にしないでください」
肩を震わせた彼女は、一歩離れて俯きがちに左斜め下を見て軽く頭を下げた。
そして人ごみに紛れて向こうに行ってしまった。
「おいっ、なぁにやってんだよっ」
兄が慌てて僕を引っ張る。
気まずそうな顔だったのでにやにやと笑ってやった。
そしたらやつもにやにやと笑って僕を殴った。
妹が後ろでまちこのバスケットを持ったまま口をひん曲げていた。
電車のアナウンスが流れ出す。
埃っぽい空はあまり見当たらない高層ビルを吹き飛ばし電車が入ってくるに任せていた。
『ただ今到着の電車は、十一時三十三分発、』
勢いよくバスケットを持った腕を振りながら妹が電車に飛び込んでいく。
…お行儀が悪いな、  
まったく、紳士に行きたいものだよね。

電車は割と込んでいた。

四人掛けの向かい合ったボックス席に三人で腰掛け、僕らで妹の分も網棚に荷物を上げてやる。
どんどん人が乗ってきた。
連休前だから旅行に行く人たちも多いみたいだ。
窓の外の景色にもう住むこともない。
僕らは出発するのだ。最後の出発だ。
「……あの、ここ。いいですか」
がらがらかすれた鼻声がした。
三人がけでひとつだけ余った席に、さっきの女子中学生がうさぎみたいな目で屈んで、リュックを抱えている。
床に何かが落ちてるのか、ひたすら俯いている。
黒い靴下の足が細い。
「ど、どどぞ」
兄の声が裏返っていた。
なので僕と妹で目を合わせて逸らして、外の景色に黙ってお別れすることにした。



7(Last).
あと駅みっつ。
のところで、俯いていたブレザーが立ち上がった。
プリーツスカートが膝から滑るのに一瞬目が向く。
ぼくは思春期だ悪いかこのやろう。
外の街並みはぼくらの住んでいたところとはとうに違って屋根の色すら見覚えがない。
空の高さは同じ地球の不思議さに、吃驚仰天というくらいだ。
なんてったって青くて雲が白くて箒のようだ。
「なんか、引越してきたって実感わくね」
妹がぼくの双子の弟に囁いている。
そうこうしているうちにリュックを抱えたまま女子中学生は立ち上がった。
降りてしまうのかと振り返ってみると、たった今あいた斜め向こうのボックス席に、膝を揃えて座っていた。
電車がすいてきたので席を替えただけだったみたいだ。
俯きがちに窓の外を見る、目がまだ少しはれている。
ぼくはなんとなく目が離しがたくて、彼女を十秒に一回くらい見ていた。
しゅー、とやかんの音がして電車が揺れ始める。
三つ目の駅でぼくらは降りる。
新しいリビングルームに。

ひとつめ。
無人駅だ。
ふたつめ。
自動改札と高校生の集団下車。
学校でもあるんだろう。
外には灰色に汚れた予備校も見えた。
吹き込む風はどんどん涼しくなってくる。
三つ目の駅で、揃ってぼくらはたちあがった。
荷物を網棚から降ろして妹はカーディガンを羽織る。
ふと見ると、灰色と白のブレザー姿が、ホームを歩いていた。
窓越しに追って、慌てて降りた。
改札を抜けていく女子中学生はすぐに、ホームから見える駅前のバスロータリーに立ち止まって足を揃えていた。
そして、涼しい風の山を仰いですううと息を吸っていた。

妹と気を利かせて、長男の荷物を持ってやりながら僕は双子の兄がバスロータリーを見つめるのをホームのベンチで眺めていた。
「この街の子なのかな。同級生だったりして」
妹がまちこのバスケットを揺らしながら隣で呟く。
顔を出したがっているまちこが籠の中を掻いてにゃーとないた。
改札を出ると、青いワゴンを運転した親父とお袋が、僕らを笑って迎えてくれた。





冒頭の一部が青猫さんとの合作です。猫さんありがとう。



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